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デザイン視点で考える空間プロデュース術:遊休空間の価値を最大化する方法

遊休空間をただの「空いた場所」として捉えるのではなく、デザイン視点による空間プロデュースで新たな価値を創造する――そんな発想転換が、今世界中で注目されています。穀物サイロが美術館に、刑務所が豪華ホテルに、砂糖工場がリゾートに変貌する革新的事例を通じて、遊休空間の価値を最大化するデザイン手法とインテリア戦略を探ります。建物の持つ歴史と文脈を活かしながら、現代のニーズに応えるストーリーある空間活用の方法論をご紹介します。

空間が紡ぐ新たな物語

かつて穀物サイロとして使われていた無機質なコンクリートの円筒が、まるで大聖堂のような壮大な美術館空間へ。中国の古い砂糖工場が、カルスト山脈の景観と融合した贅沢なリゾートホテルへ。19世紀の刑務所が、その厳格な歴史を活かした話題のデザインホテルへ。

これらは単なる建物の改装ではありません。空間の持つ物語性を読み解き、新たな文脈で価値を再定義する「空間プロデュース」の実践例です。都市部では今、経済環境の変化や働き方の多様化により、多くの遊休空間が生まれています。こうした「眠れる資産」は、デザイン視点で捉え直すことで、新たな価値創造の舞台となるのです。

本記事では、世界各地の革新的な空間プロデュース事例を紹介しながら、特にインテリアデザインと家具選定の視点から、遊休空間を魅力的な環境へと変貌させるための方法論を探ります。

世界の空間プロデュース事例から学ぶ

ツァイツMOCAA美術館(南アフリカ):穀物サイロからアートの殿堂へ

ツァイツMOCAA美術館の内部アトリウム - 彫刻的に切り取られたコンクリートチューブと上部からの自然光が特徴的
ツァイツMOCAA美術館の内部アトリウム – コンクリートチューブが彫刻的に切り取られ、上部からの自然光が差し込む大空間

南アフリカのケープタウンに立つツァイツ現代アフリカ美術館(Zeitz MOCAA)は、1921年に建設され2001年まで使用されていた穀物サイロという工業施設が、アフリカ最大の現代美術館へと生まれ変わった事例です。

この変革を手掛けたイギリスの建築家トーマス・ヘザウィックは、42本の円筒形コンクリートチューブが密集した穀物サイロの堅固な構造をいかに美術館空間へと変容させるかという課題に、極めて創造的に取り組みました。彼はなんと一粒のトウモロコシの形状を拡大スキャンし、そのデジタルモデルをテンプレートとして使用。このデータを基に、サイロのコンクリート構造を彫刻的に切り抜き、驚くべき空間を創出したのです。

その結果生まれたのが、美術館の中心となる高さ約30メートルの大聖堂のような中央アトリウムです。カットされたコンクリートチューブが織りなす有機的な曲線は、まるで巨大な彫刻のように訪問者を包み込みます。空間上部には多面体のガラスが取り付けられ、アフリカの太陽光が差し込む演出も施されています。

インテリアデザインと家具の魅力

ツァイツMOCAAのインテリアデザインで特筆すべきは、産業施設という「硬質な空間」と現代アートという「繊細な展示物」のコントラストを活かした点です。展示空間では、元のコンクリート表面をあえて露出させながらも、照明や展示台などの要素を洗練されたデザインで統一。特にロビーや休憩スペースでは、アフリカの伝統的なモチーフを現代的に解釈した特注家具が配置され、コンクリートの冷たさと木材の温かみが絶妙に融合しています。特に注目すべきは、サイロの円形という特性を活かした円形のベンチや、アフリカの伝統的な織物パターンを用いたクッションなど、場所の文脈を反映した家具デザインです。

このプロジェクトから学ぶ空間プロデュースの原則

  1. 既存構造の制約を創造的可能性に変える
    ヘザウィックは、サイロの円筒形という一見制約に思える構造を、むしろ独自の空間体験を生み出す資源として捉え直しました。遊休空間の活用においては、「制約」を「特徴」に転換する発想が重要です。
  2. 場所の記憶を尊重しつつ新たな文脈を創出する
    産業遺産としての歴史を消し去るのではなく、その痕跡を意図的に残すことで、過去と現在が対話する豊かな空間が生まれています。空間の持つ時間的深みを活かすことが、唯一無二の体験を創出します。
  3. 素材のコントラストを戦略的に活用する
    粗いコンクリートと精緻な展示物、産業的素材と繊細な家具など、対比的要素の共存によって、空間に視覚的・触覚的な豊かさが生まれています。単一のデザイン言語ではなく、対話的な関係性を構築することが重要です。

アリラ・ヤンシュオ(中国):砂糖工場と自然の融合

アリラ・ヤンシュオの外観と周囲の景観 - 工業的な建物が壮大なカルスト山地と調和している様子
アリラ・ヤンシュオの外観と周囲の景観 – 工業的な建物が壮大なカルスト山地と調和している様子

中国広西チワン族自治区の桂林近郊に位置するアリラ・ヤンシュオは、1960年代に建設された砂糖工場を、カルスト山脈に囲まれた贅沢なリゾートホテルへと変貌させた事例です。ベクター・アーキテクツによる設計は、「産業遺産は過去の世代の精神を表現している」という哲学に基づいています。

このプロジェクトの特筆すべき点は、工業施設としての特徴を消し去るのではなく、むしろ積極的に活用し、強調したことです。元の製糖工場の建物配置と工業的フレームワークが保存され、その骨格の中に新たな機能が導入されました。最も印象的な例は、かつてサトウキビを運搬するために使われていたクレーントラスの創造的再利用です。この巨大な鉄骨構造物は、リー川に向かって伸びるドラマチックなスイミングプールとして再構築されました。

デザイン全体のコンセプトは「訪問者が散策する庭園」として構想され、古い製糖工場の建物群が敷地内に点在する配置となっています。レンガの外観と工業的枠組みを維持しながら、内部は現代的な快適さを提供する空間へと改装されています。

インテリアデザインと家具の洗練

アリラ・ヤンシュオのインテリアデザインは、「工業的粗さと現代的洗練の対話」をテーマとしています。ゲストルームでは、元の工場の煉瓦壁や梁を露出させながらも、シルクや竹などの地元素材を用いた家具や装飾で柔らかさを加えています。特筆すべきは、地元の職人と連携して制作された家具の数々です。例えば、ロビーの応接セットは工場で使われていた木製の機械部品をリサイクルして作られており、サステナビリティとストーリーテリングを兼ねています。また、客室のベッドヘッドには地元の伝統的な藍染め布を現代的にアレンジしたテキスタイルが用いられ、地域性と国際的な洗練さが融合しています。

このプロジェクトの最大の魅力は、素朴な工業建築と劇的なカルスト山脈の風景のコントラストにあります。反射池は建築と山々の両方を映し出し、人工と自然の調和を視覚的に強調しています。

このプロジェクトから学ぶ空間プロデュースの原則

  1. 地域性と文脈を空間デザインに織り込む
    アリラ・ヤンシュオでは、周囲の自然環境や地域の文化的背景が空間デザインの重要な要素となっています。遊休空間の活用においては、その場所固有の文脈を理解し、デザインに反映させることが差別化につながります。
  2. 地元の職人や素材との協働
    地元の職人技術や素材を積極的に取り入れることで、空間に真正性と独自性が生まれています。特に家具やインテリア要素において、地域の伝統と現代デザインの融合が空間の質を高めています。
  3. 内部と外部の境界を曖昧にする
    建物内部と外部の景観を視覚的・体験的につなげることで、空間の広がりと豊かさが創出されています。遊休空間の再生においては、閉じた空間を開き、周囲との関係性を再構築することが重要です。

Het Arresthuis(オランダ):刑務所から豪華ホテルへ

Het Arresthuisの外観と内部 - 元刑務所の特徴を生かした豪華ホテル
Het Arresthuisの内部空間 – 特徴的な刑務所の建築要素が豪華ホテルの空間に生かされている

オランダのロアモンドに位置するHet Arresthuisは、19世紀の刑務所を豪華なデザインホテルへと変貌させた、空間プロデュースの常識を覆す挑戦的事例です。「閉じ込める場所」から「もてなしの場所」へというコンセプトの180度の転換は、空間の持つ文脈をどこまで再解釈できるかという問いへの回答とも言えます。

この刑務所は1863年から2007年まで使用された後、オランダのホテルグループVan der Valkによって買収され、改装されました。デザインアプローチの特筆すべき点は、元の刑務所の厳格な建築的特徴(檻、鉄格子、厚い壁、狭い回廊)をあえて残し、強調したことです。これは単なるノスタルジアではなく、ホテル体験に独自の物語性を加える戦略的選択でした。

150個あまりの独房は、40室の豪華な客室へと変換されました。各部屋は元の独房を3〜4室分統合して造られていますが、天井の高さや窓の形状など、刑務所としての痕跡を意識的に残しています。特に「The Jailer(看守)」や「The Director(所長)」と名付けられた特別スイートは、刑務所の歴史に関連するネーミングで差別化されています。

インテリアデザインの力:コントラストが生む緊張感

Het Arresthuisのインテリアデザインと家具選定は、「拘束と解放の対比」という概念的テーマに基づいています。ゲストルームでは、元の独房の厚い壁や鉄格子窓といった厳格な要素を残しながらも、それとの対比を意図的に創出しています。特に効果的なのが家具選定で、厳めしい空間に対して、現代的で贅沢な家具があえて配置されています。例えば、「The Director」スイートには、独房の無機質な壁に対して、つややかな高級レザーのヘッドボードを持つベッドが置かれ、異なる世界の衝突による視覚的緊張感を生み出しています。

共用部では、かつての中央モニタリングエリアが印象的なロビーバーに転換され、モノクロームの色調に鮮やかな赤のアクセントカラーが映えるデザインとなっています。また、囚人の運動場だった中庭は現在、ガラス屋根付きのアトリウムとなり、かつての独房の扉がテーブルに再利用されるなど、建物の歴史を物語る要素が随所に散りばめられています。

このプロジェクトから学ぶ空間プロデュースの原則

  1. 逆説的アプローチの力
    一見ネガティブに思える空間特性(刑務所の閉鎖性や厳格さ)をあえて保存し、新しい文脈(ホテルの特別な体験)に転用することで、強烈な個性と記憶に残る体験が生まれています。遊休空間の活用においては、従来なら「改善すべき問題点」と見なされるような特性を、むしろ差別化要素として再解釈する視点が重要です。
  2. ストーリーテリングを空間デザインに統合
    建物の過去の用途や歴史を単なる事実としてではなく、体験の一部として取り込むことで、空間に深みと物語性が生まれています。ネーミングやグラフィック要素、家具の配置など、様々な手段を通じてストーリーを表現することが、空間の価値を高めます。
  3. 意図的なコントラストの活用
    厳格な建築要素と豪華な家具、閉鎖的な構造と開放的な機能など、対比的要素の共存によって、空間に緊張感と活力が生まれています。単一の美意識ではなく、異なる世界の対話を創出することが、記憶に残る空間体験につながります。

The Lucas(ボストン、USA):神聖な場から贅沢な住まいへ

The Lucasの外観と内部 - 教会建築の特徴を活かした高級住宅
The Lucasの外観 – 教会建築の特徴を活かした高級住宅へのコンバージョン

ボストンのサウスエンド地区に佇むThe Lucasは、1874年に建設されたドイツカトリック教会を、33のラグジュアリーコンドミニアムに変換したプロジェクトです。Finegold Alexander Architectsによる設計は、宗教建築の荘厳さと現代的な居住空間の快適さを見事に融合させています。

この変換の最大の特徴は、教会の外観、特に正面ファサードと尖塔を忠実に保存しながら、内部を全く新しい居住空間に改変した点にあります。ゴシックリバイバル様式の石造りファサードは入念に修復され、教会としての記憶を街並みに継承しています。一方、内部では大胆な変革が行われました。旧教会の広大な内部空間を複数階に分割し、各コンドミニアムユニットを配置。特に上層部には、かつての教会のステンドグラスの窓を活かした特徴的な住戸が設けられています。

インテリアと家具による空間の再解釈

The Lucasのインテリアデザインと家具選定は、「神聖と世俗の調和」という挑戦的なテーマに取り組んでいます。各住戸では、教会の荘厳な建築要素を尊重しながらも、居住性と快適さを最優先した空間構成となっています。特に上層階の住戸では、ステンドグラスから差し込む色彩豊かな光を主役として、あえてミニマルで現代的な家具をセレクト。伝統的なものと現代的なものが対話する空間が創出されています。

家具デザインでは、教会特有の垂直性を強調する高い天井に対応するため、背の高いブックシェルフや照明器具が採用されています。また、カスタムキッチンでは、教会のオーク材の長椅子をリサイクルしたアイランドカウンターなど、建物の歴史を継承する要素も随所に見られます。共用部のロビーでは、かつての祭壇があった場所に、古代の祈りの形式を想起させる円形のラウンジが設置され、精神性と社交性が融合する空間となっています。

本プロジェクトの最も革新的な側面は、教会の尖塔(ステープル)内に設けられたペントハウスユニットでしょう。かつて鐘を吊るしていた空間が、都市の眺望を楽しむ贅沢な居住空間へと生まれ変わりました。この劇的な転換は、「聖なる空間」から「プライベート空間」への用途変更という挑戦的なテーマを含んでいます。

このプロジェクトから学ぶ空間プロデュースの原則

  1. 外観保存と内部刷新のバランス
    The Lucasでは、都市景観上重要な外観を忠実に保存しながらも、内部空間は現代的ニーズに合わせて大胆に再構成されています。遊休空間、特に歴史的建造物の活用においては、保存すべき要素と変更可能な要素を見極め、メリハリのある改修計画を立てることが重要です。
  2. 象徴的要素の創造的再解釈
    ステンドグラスや高い天井といった教会建築の象徴的要素を、居住空間という新たな文脈で価値あるものとして再解釈しています。遊休空間の特徴的要素は、単なる「保存すべき遺産」ではなく、新たな用途における「差別化要素」として捉え直すことができます。
  3. 共有記憶と個人体験の共存
    外観という公共的要素を通じて地域の共有記憶を継承しながら、内部では私的で現代的な居住体験を提供するという二面性が、このプロジェクトの特徴です。遊休空間の活用においては、社会的価値と個人的価値のバランスを考慮することが、持続的な成功につながります。

Kanaal(ベルギー):産業遺産からアートと生活の複合施設へ

Kanaalの内部空間 - 産業施設から文化・住宅複合施設へ
Kanaalの外観と内部空間 – 麦芽製造所から文化・住宅複合施設への変貌

ベルギーのアントワープ近郊に位置するKanaalは、19世紀の麦芽製造所と倉庫群を、文化・住宅複合施設へと変貌させた革新的プロジェクトです。このプロジェクトを手掛けたのは、インテリアデザイナーであり現代美術のコレクターとしても知られるアレックス・ヴェルヴォールト。彼の美学的視点と実業家としての発想が融合した空間プロデュースは、産業遺産活用の新たな可能性を示しています。

Kanaalの特筆すべき点は、単一用途ではなく、多様な機能を複合的に配置した点にあります。サイト内には高級アパートメント、ギャラリー、オフィス、パン屋、レストラン、オーディトリアムなどが共存しています。これにより、単なる住宅地やオフィス街ではない、活気ある「小さな都市」のような環境が生まれています。

デザイン面では、工業建築の荒々しさと洗練された現代的要素のコントラストが特徴的です。赤レンガの外壁、鉄骨フレーム、高い天井といった産業建築の特徴を残しながら、内部空間は極めてミニマルでエレガントにデザインされています。ヴェルヴォールトの美的センスは、「わび・さび」の概念に通じる素材の経年変化の美しさを重視し、コンクリート、鉄、古木といった素材の質感が空間の主役となっています。

インテリアデザインと家具の芸術性

Kanaalプロジェクトの最も特筆すべき点は、インテリアデザインと家具が単なる機能的要素を超え、芸術作品のように扱われていることです。アレックス・ヴェルヴォールトは「家具は空間に置かれた彫刻である」という哲学を持ち、空間と家具の関係性を重視しています。

住居部分では、産業空間特有の高い天井や広い床面積を活かし、家具を戦略的に配置することで、広大な空間に親密さを生み出しています。特に特徴的なのが、ヴェルヴォールト自身がデザインした大型の特注家具です。これらは単なる機能的オブジェクトではなく、空間を区切る建築要素としても機能しています。例えば、リビングエリアの巨大なソファは、床に固定されることなく、浮遊するような配置で空間のフレキシビリティを確保しています。

素材選択においても、ヴェルヴォールトの美学が反映されています。新しい家具であっても、意図的に経年変化を想起させる仕上げが施され、古い建物との調和を図っています。特に木製家具には、かつて工場で使われていた機械の油や汚れが染み込んだかのような仕上げが施され、空間の歴史性を強調しています。

このプロジェクトから学ぶ空間プロデュースの原則

  1. 複合的機能による相乗効果の創出
    Kanaalでは、居住、芸術、商業など様々な機能を組み合わせることで、24時間活気ある環境が生まれています。遊休空間の活用においては、単一用途ではなく、複数の機能の組み合わせを検討することで、より持続可能で魅力的な場を創出できる可能性があります。
  2. 空間と家具のシームレスな統合
    家具が単なる「置かれたもの」ではなく、空間を構成する重要な要素として捉えられています。特に大型空間の活用においては、家具を通じて空間の分節や人間的スケールの確保を実現することが効果的です。
  3. 経年変化を前提としたデザイン
    新しい要素であっても、時間の経過による変化を積極的に取り入れるデザイン哲学が貫かれています。遊休空間の再生においては、「完成形」ではなく「成長し続ける空間」として捉えることで、長期的な魅力を創出することができます。

空間プロデュースの核心的戦略

世界の事例から学んだ知見を基に、空間プロデュースを成功させるための核心的戦略をまとめます。これらは、遊休空間の価値を最大化するための実践的アプローチとして活用できます。

空間にストーリーを持たせる技法

空間プロデュースの核心は、物理的な場所に意味とストーリーを付与することにあります。Het Arresthuisが「閉じ込める場所」から「もてなしの場所」へと変容したように、空間の文脈を再解釈し、新たな物語を創出することが重要です。

実践的アプローチ

  1. 場所の履歴書を作成する
    建物の建設年代、過去の用途、重要な出来事、地域での位置づけなど、空間の「履歴」を詳細に調査します。ツァイツMOCAAではサイロの産業的背景が、The Lucasでは教会としての社会的役割が、それぞれ新たな文脈での価値創出の基盤となっています。
  2. 核となるコンセプトを定義する
    場所の特性とターゲットユーザーのニーズを結びつける「中核的アイデア」を明確にします。アリラ・ヤンシュオの「産業と自然の対話」、Kanaalの「アートと生活の融合」など、強力なコンセプトが空間全体を統合する指針となります。
  3. 体験の連続性をデザインする
    訪れる人々がどのように空間を体験するか、その流れを意識的に構成します。エルプフィルハーモニーでは、古い倉庫から新しいホールへの移動が、「過去から未来への旅」として体験されるよう設計されています。

インテリアデザインと家具による空間価値の向上

世界の成功事例では、インテリアデザインと家具が単なる付属要素ではなく、空間価値向上の中核的要素となっています。特に遊休空間の活用においては、既存建築の特性と新たな機能の橋渡し役として、インテリア要素が重要な役割を果たします。

実践的アプローチ

  1. 建築特性を反映した家具選定
    空間の構造的特徴(天井高、窓の形状、素材感など)を尊重し、それを活かす家具を選定します。The Lucasでは高い天井に対応する背の高い家具が、Het Arresthuisでは厳格な空間に対比的な柔らかい家具が、それぞれ空間体験を豊かにしています。
  2. 物語を伝える家具の活用
    家具自体が空間のストーリーを伝える媒体となるよう、意識的にデザインします。Kanaalでの工場部品を再利用した家具や、Het Arresthuisでの独房のドアを転用したテーブルなど、場所の記憶を継承する要素が、ストーリーある空間活用を強化します。
  3. 素材の対話を創出する
    既存建物の素材と、新たに導入する家具・インテリア要素の素材が意味ある対話を生み出すよう考慮します。ツァイツMOCAAのコンクリートと木材の対比、アリラ・ヤンシュオの工業的素材と自然素材の融合など、素材間の関係性が空間の質を決定づけます。

日本の文脈における空間プロデュース

日本の都市空間には、その独特の発展の歴史、文化的背景、地理的条件を反映した特有の空間特性があります。世界の事例から得られた知見を日本の文脈で展開する際には、以下の点に注目すると効果的です。

日本の都市空間の特性と可能性

  1. 高密度・小規模性を活かす
    日本の遊休空間は欧米の事例と比較して小規模なケースが多いですが、「小さくても豊かな空間」を創出する日本の伝統的知恵を活かすことができます。限られた空間での創意工夫は、むしろ日本の空間デザイン戦略の強みとなります。
  2. 重層的な歴史の活用
    江戸・明治・大正・昭和・平成と重層的に蓄積された建築遺産は、複数の時代の対話という独自の価値を持っています。欧米の単一建築物の保存とは異なる、日本ならではの「時間の重なり」を表現する空間プロデュースが可能です。
  3. 独自の空間美学の展開
    「間」「わび・さび」「しつらい」などの日本独自の空間概念は、国際的な差別化要素となります。Kanaalで見られた素材の経年変化の美を尊重するアプローチは、日本の美意識と共鳴するものであり、より本質的な形で展開できる可能性があります。

日本のインテリアデザインと家具製作の強みを活かす

日本には長い木工技術の伝統と、「用の美」を尊ぶものづくりの文化があります。これらの強みは、遊休空間の再生において大きなアドバンテージとなります。

  1. 伝統と革新の融合
    日本の伝統的木工技術と現代的デザイン感覚を融合させた家具は、歴史的建築の再生において、過去と現在をつなぐ重要な要素となります。例えば、古い酒蔵の再生では、伝統的な枘組(ほぞくみ)技術を用いつつも現代的フォルムの家具が、空間の歴史性と現代性のバランスを取る役割を果たします。
  2. 細部へのこだわりと職人技
    日本の職人文化に根ざした細部への徹底したこだわりは、空間の質を高める重要な要素です。特に接合部や仕上げなどの詳細処理は、Het Arresthuisのように対比的な空間において、ソフトでありながら精緻な要素として機能し得ます。
  3. 自然素材の活用と経年変化の尊重
    無垢材や和紙、藁、竹など日本の伝統的素材を用いた家具は、Kanaalで見られたような素材の経年変化を愉しむ美意識と親和性があります。特に産業施設の無機質な空間に対して、自然素材の質感と経年変化がもたらす豊かさは、視覚的にも触覚的にも重要なコントラスト要素となります。

実践への第一歩:遊休空間活用のアプローチ

遊休空間の価値を最大化するデザイン視点での空間プロデュースを実践するための、具体的なステップをまとめます。

1. 空間分析から始める

遊休空間の潜在的可能性を見出すためには、多角的な空間分析が不可欠です。

  • 物理的特性の把握:構造的特徴、空間の規模・形状・高さ、光環境など、建物自体の特性を詳細に調査します。ツァイツMOCAAでは、サイロの円筒形構造が創造的デザインの出発点となりました。
  • 歴史的・文化的文脈の解読:建物の建設経緯と変遷、地域における位置づけ、関連する記憶など、場所の背景を理解します。The Lucasでは、教会としての社会的役割が、新たな住空間のアイデンティティ形成に影響しています。
  • 周辺環境との関係性分析:立地特性、アクセス性、近隣施設との関係など、空間を取り巻く文脈を調査します。アリラ・ヤンシュオでは、周囲の自然環境との関係が空間価値の中核となっています。

2. コンセプト立案と検証

空間プロデュースの成功は、強力で説得力のあるコンセプトの構築から始まります。

  • 多様な視点からのインプット収集:デザイナー、事業者、地域住民、専門家など、様々な立場からの意見を取り入れます。Kanaalでは、アーティスト、デベロッパー、コミュニティの視点が融合し、複合的なコンセプトが生まれました。
  • コアバリューの特定とストーリー構築:空間の本質的魅力と新たな用途を結びつける「物語」を創出します。Het Arresthuisの「収監から歓待へ」など、場所の特性を反映したストーリーある空間活用が空間全体を統合します。
  • プロトタイピングと検証:小規模な試験的活用や模型によるシミュレーションを通じて、コンセプトの有効性を検証します。段階的なアプローチで、実際のユーザー反応を見ながらコンセプトを洗練させていくことが重要です。

3. インテリアと家具による空間づくり

日本の強みを活かした空間プロデュースにおいて、インテリアデザインと家具は特に重要な役割を果たします。

  • 空間文脈を反映した家具デザイン:建物の歴史や特性を反映した特注家具の開発を検討します。The Lucasの教会建築の垂直性を強調する家具や、Kanaalの工場部品を再利用した家具など、場所の記憶を継承するデザインが空間に深みを与えます。
  • 素材と職人技の活用:地域の伝統的素材と工法を現代的に解釈し、空間に独自性を付与します。アリラ・ヤンシュオでの地元職人との協働のように、技術の継承と革新を両立させるアプローチが効果的です。
  • 機能性と美の統合:使い勝手と審美性を高次元で両立させる家具設計を目指します。特に限られた空間を最大限に活かす工夫や、複数の機能を持つ可変式家具など、日本の空間活用の知恵を活かしたスマートリノベのアプローチが重要です。

結論:空間価値向上のための統合的アプローチ

本記事では、遊休空間の価値を最大化するためのデザイン視点による空間プロデュース術について考察してきました。世界の先進事例を通して、空間に新たな命を吹き込み、経済的・社会的・文化的価値を創出するアプローチを探求しました。

空間プロデュースの本質は、「場所」から「体験」への転換にあります。物理的な空間改変にとどまらず、そこで生まれる体験、記憶、感情、つながりをデザインすることが、真の空間価値向上につながります。ツァイツMOCAAが穀物サイロの物理的制約を超えて芸術体験の場を創出したように、また、Het Arresthuisが刑務所という過去を逆手に取って特別な宿泊体験を提供したように、空間プロデュースは物理的制約を創造的可能性に変換する芸術といえるでしょう。

世界の成功事例から学べる重要な教訓の一つは、インテリアデザインと家具が空間プロデュースにおいて果たす決定的な役割です。家具は単なる機能的要素ではなく、空間の物語を伝え、感覚的体験を豊かにし、人間と空間をつなぐ媒介者として機能します。

特に日本の文脈では、繊細な木工技術や素材への深い理解、「用の美」を追求する伝統など、インテリアと家具製作における強みを活かすことで、より豊かな空間プロデュースが可能になるでしょう。

遊休空間は「問題」ではなく「可能性」です。デザイン視点による空間プロデュースを通じて、私たちの都市と社会に新たな価値をもたらす一歩を、今日から踏み出しましょう。


※本記事で紹介したデザイン再生事例は、空間プロデュースの着想源として参考になる世界の事例です。具体的なプロジェクトについてのご相談やご質問は、お気軽にお問い合わせください。